いま、オフィスに求められているものとは
-オフィス環境改善をきっかけに進める課題解決-
<有識者インタビュー前編①>

企業の課題や働き方の変化など、日本のオフィスを取り巻く状況は転換期を迎えています。
その変化の背景や傾向、そして経営課題を解決するためのオフィスづくりについて、ワークプレイスとワークスタイルの研究を進められている東京工業大学工学院妹尾教授にお話を伺いました。

オフィスや働き方に起きている変化

「仕事をこなす」から「仕事をつくる」へ

ーー 企業のニーズや働き方改革などを背景に、オフィスやワークスタイルに変化が求められていると思います。現在のオフィスを取り巻く状況と、従来のオフィスや働き方との違いについて教えてください。

妹尾教授:
多くの企業が、新しい市場を開拓するための新規事業開発の必要性を感じています。
そこで必要となってくるのが「知識創造」という概念です。新たな知識を創造することで、製品やサービス、組織やビジネスモデルが出現します。
従来のオフィスで必要とされていた仕事の多くは「情報処理」でした。“既に問題が定義されていて、その問題を解く”という問題解決作業がメインになります。例えば「ターゲット顧客に対し、その満足度を高めるためにはどうすればよいか。」など、問題がすでに定義されていて、その問題を解くという作業です。時には問題や目的だけではなく、何を行うか・どのように行うかという方法まであらかじめ定められているケースも多くあり、同じ作業を何度も繰り返していく「定型」の業務を行うことで価値が生み出されていました。

しかし、現在求められている新しいビジネスの創出においては、解決すべき問題も決まっておらず、問題の発見から始めなくてはいけません。問題や答えがないところから、新しいものをつくり出すためには、情報処理ではなく知識創造を行わなくてはなりません。
毎回、異なる取り組みを試すノン・ルーチンワーク(非定型作業)であり、マニュアルもなく、悩みながら取り組んでいかなくてはならないのです。
従来の仕事は「オペレーション」(決まった仕事をこなす)がメインだったのに対し、新しく求められている仕事は「イノベーション」(革新的な新しい仕事をつくる)です。

私がオフィスを研究し始めた15年ほど前は、仕事中は黙って業務に集中することが求められ、おしゃべりは仕事外の私語とみなされるような時代でした。“仕事をこなす”のに適した環境が良いとされていたためです。

しかし最近は、イノベーションに向けて新しい発想を得るために、仲間とチームワークを良くし、コミュニケーションを活性化することが推奨される時代になっています。黙って書類ばかり作成しているより、お客様や今まで話したことがない社内の人と話し、情報収集してくることが重視されるようになり、単独孤立の作業ではなく、チームで協調しながら行う作業が重視されるようになってきました。

オープンイノベーションに向けた流れ

もう1つの大きな流れとして、自社に留まらず外部の知識を積極的に活用し、新しいサービスやビジネスにつなげるオープンイノベーションが挙げられます。以前のオフィスは、外に向かって開かれていない閉じた場所でしたが、10年ほど前から変化を感じ始めました。
移転や改装などオフィス改善時のKPIとして、従業員の満足度や仕事の生産性、離職率、新卒応募者の数などに加え、来客数の数も指標とされるようになってきたのです。
以前は「来客はむしろ少ない方が良い」と思われていた企業の意識が大きく変わったのを感じました。

例えば、従来、営業担当者は外に出てセールスをしていましたが、自分のオフィスにお客様を呼ぶことができれば、ターゲットにしていたもの以外の商品やサービスも同時に見てもらったり、話の内容によって自社の別部門の担当者を呼んできて一緒に説明をするなど、フレキシブルに対応することができます。お客様自身が気づいている「形式知」の他に、お客様自体もまだ言葉にできない「暗黙知」についてまでも、対応や活用することができるようになるのです。

オフィスを「開かれた場」にして社外との交流を活発に行うことで、外部知を活用しようという流れができてきています。

オフィスにいる時間は短く、濃くなる傾向

「働き方改革」の観点では、いつまでも会社に残っていた今までの働き方に代わって、時短の試みが始まり、子育て・介護に対応するための在宅勤務、時間を有効に使うために外出先の近くのコワーキングスペースでの作業が認められるなど、オフィスに滞在する時間は短くなっていくでしょう。それを受けて「人が一堂に会する時間が短くなるなら、その分内容を濃くしよう」という動きが出てきています。

例えば、会社の中にアウトドア用のテントを設置する試み。そうすることで、今まで使われていなかった空間が活用できるようになったり、いつもとは違うリラックスした雰囲気の中で会話が弾むという効果が見られます。
これは最初に触れたイノベーションの必要性とも関係しています。イノベーティブなアイデアは、堅苦しくまじめに話していても出てこない。普段と違うことをしている中で気づきがあったり、普段会わない人と話す中で新たな発想が生まれるように、いつも会っている人とでも、会議室で話すのとテントの中で話すのでは「場」(人間と人間の関係性)が変わるのです。
いつも同じテーブル・座り方・時間帯で、議題をこなすタイプの会議をしていては、問題解決はできても問題発見はできません。

今は、オフィスの中にいろいろな場所(集中する場所、くつろぐ場所、寝る場所…)を設ける傾向があります。卓球台が社員のコミュニケーションに一役買っている企業も多く見られます。また、新しくつくられるオフィスの多くは、カフェスペースを充実させていますし、コワーキングスペースのWeWorkでは、ビールが飲み放題だったりします。
これらは、働く人の息抜きや健康を目的とする福利厚生と捉えることもできますが、従来のオフィスにはないしつらえの中から、ワーカーが好きな環境を選んで新しいコミュニケーションや発想を得るために活用し、イノベーションを高めるための試みと捉えることもでき、この点でも効果的な仕組みだと思います。

同じ場所に集うことの最大のメリットは「気づき」

ーー 従業員のワークライフバランスへの配慮で、テレワークやABW(※)などの導入に前向きな会社が増えている一方、アメリカではIBMやヤフーなどテレワークの廃止や制限を行う会社もあると聞いています。オフィス外での仕事の自由度について、どのように検討を進めれば良いのでしょうか。
※ABW(Activity Based Working):業務内容に合わせて、場オフィス内外の自由な場所を選択できる働き方

妹尾教授:
自社のビジネスでどちらを重視するか、経営者の判断が必要だと思います。
「満員電車で疲弊する時間があったら、その時間をつかってうまく仕事をしてほしい」という思いが強ければそちらを重視し、直接会うことでしか得られない効果を求めるのであれば、オフィスに集まる機会を重視した方が良いでしょう。
また、知識創造業務で価値を生み出す仕事をしている人にとっては、できるだけ対面で集まったほうが多くの刺激を受けると考えられるのですが、定型業務なら同じ場所にいることにこだわらず、それぞれの場所で働くメリットが大きいとも言えます。

同じ場所にいることの最大のメリットは、「気づき」です。私もZoomやSkypeなど遠隔のテレビ会議システムをよく使用する一方で、海外から共同研究者を招聘したり、先方に訪問したりして一緒に仕事をすることもあります。
物理的に一緒にいることが非常に良いと感じるのは、何か発想が浮かんだ時、一緒に話している人のみではなく、偶然その場に居合わせた人や通りかかった人にも、その発想をぶつけてみるという即興的な意見交換ができることです。
そのようなことをオンライン上でも行う試みとして、ネット会議出席者だけではなく周辺にいる人までも背景に映り込むバーチャル会議室のシステムも出てきていますよね。
「気づき」から周囲の人にも声をかけて巻き込む、というニーズは大きいと思います。

もう1つの気づきは「Awareness(気づいていること、知ること)」。
同じ空間に集まっていると、人間はお互いを見ていないようで実はよく見ています。例えば会議で誰かが怒っているとき、本当に怒っているのかポーズだけなのか、その場だけ切り取ると分かりませんが、その前に2~3ヶ月同じ空間にいて文脈を共有しているとなぜか分かるようになる。言葉だけではなくその前後の情報や文脈、表情などの周辺状況がないと、本当の意味が引き出せない。「意味形成=Sensemaking」が必要なのです。そしてそれは、本質的な議論をしてイノベーションを起こそうとする時にも役立ちます。

相手と単に仲良くなるだけでなく、会話以上の情報交換をする目的で、社員運動会や社員旅行をする会社も増えています。昔のように息抜きを目的とし、ガイドをつけて引率いくような旅行ではなく、社員たちが自分で行く場所や行動、移動手段などを決めるよう会社が促す旅行です。
主体性や自律性を養う機会になる上、イベントを企画するチーム内で文脈を共有でき、普段は話せないような話題に発展するケースもあるなど、社内イベントのこうした新しい使い方はとても面白く意義がある取り組みと言えます。


【プロフィール】
東京工業大学工学院教授、博士(商学)
妹尾 大(せのお だい)先生

専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム
具体的な研究プロジェクトは、知識創造支援ワークスタイルとワークプレイス(クリエイティブオフィス)の分析、知識継承リーダーシップの調査、顧客コミュニティ戦略の調査、ナレッジマネジメントツールの評価手法開発など。
経営情報学会会長(代表理事)、オフィス学会理事(ワークスタイル研究部会長)。
主要著書に、野中郁次郎氏との共編著である「知識経営実践論」(白桃書房 2001年)、江口耕三氏との共著で経営情報学会論文賞を受賞した「ビジネス・エコシステムの形成プロセス ― エコシステム・エンジニアのためのフレームワーク ー」(経営情報学会誌 23(4), 273-293, 2015)などがある。

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職歴
1998年 一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学
北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、
2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授(のち准教授)
2017年から東京工業大学工学院教授
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