いま、オフィスに求められているものとは
-オフィス環境改善をきっかけに進める課題解決-
<有識者インタビュー前編②>

オフィス環境の改善をきっかけとして経営課題を解決するために

人材採用やモチベーション向上に役立つオフィスづくり

ーー オフィス環境の改善をきっかけとして経営課題を解決したいという企業に向け、アドバイスをお願いします。

妹尾教授:
新製品や新ビジネスをつくるためのイノベーションについては、ここまでの話をぜひ参考にしていただければと思います。

それ以外で今経営課題になっていること、特に中小企業において大きな課題となっていることとして、後継者問題や新規人材採用の問題をよく耳にします。
私が肌で感じるのは、今の学生の声です。以前は学生が仕事を選ぶときの大きな基準としては、給与額や海外経験を積める可能性などが多く聞かれましたが、今の学生は「先進的なオフィスでスタイリッシュに働く自分」というイメージが、1つの大きな基準となってきているようです。書類が山積みになっているような古臭いオフィスで働く自分は、どうやらイメージできないようです。

また、オフィスのあり方が従業員の精神面に良い影響を及ぼすことを実感した事例もあります。10年ほど前に静岡のある企業がオフィスを全面的に建て替えた時のことです。以前のオフィスは工場の横に設置された狭いプレハブ小屋でした。至る所に書類が山積みになり、従業員も作業着を着て仕事をしていましたが、新オフィスはワンフロアで見晴らしが良く、家具の配置も工夫してカラフルなオフィスに大きく変えた。すると、今まで作業着を着ていた社員も、スーツを着て出社してくるように変わったのです。
社員の方に話を聞いたら、オフィスに合わせて気分一新してスーツ姿になったことで、近所の人からは「外資系企業に転職したの?」と尋ねられ、家族や知り合いからは「カッコよく、イキイキしている」と褒められるようになったそうです。オフィスの環境がモチベーションの向上に繋がったケースですね。
若い世代を採用したいときや、今働いている人たちが仕事へのマンネリ感を持ち、やる気が出ない…という場合は、オフィス環境を変えることが1つの良いきっかけになると思います。

「引きこもり型」から「お客様を巻き込む」スタイルへ

5年程前から「デザインシンキング(デザイン思考)」という考え方を聞くことが多くなってきています。
今までは「良いものを造れば売れる」「じっくり年月をかけて社内で熟考し、自信作を市場に出す」という傾向がありましたが、より「お客様が欲しいもの」「お客様の経験をどう変えていくか」をスタートとして仕事をするというムーブメントの1つです。
デザイン志向では、「お客様の身になって考える」「お客様の現場、仕事場に行ってみる」フィールドワークを行うことや、プロトタイプ(試作品)を作ってお客様に試してもらい、改善にヒントをもらう=途中段階からお客様も開発に巻き込む、という特徴があります。
そのためには「社員・従業員が、いかに供給側の理論や売り手の論理に引きこもらず、買い手側の発想ができるか」ということが課題となってきます。
この課題も、1つの専門部署のメンバーだけで話すのではなく他部署のチームも巻き込んで話をし、顧客とダイレクトに触れるオフィス環境をつくるなど、メンバーの多様性や外部の知識の活用が解決に繋がります。
例えば、自社の今までの製品やサービスを並べた社内ミュージアムをつくり、お客様と一緒にワークショップを開いて意見を聴いたり、一緒にコラボレーションをして新しい仕事をつくるなどの取り組みが行えると良いですね。
今までの「ウチのこの商品を買ってください」という営業スタイルから、「一緒に仕事をつくりませんか?」というスタンスをつくる。引きこもり型の仕事から、お客様の立場に立つ・お客様を巻き込む、とういう方向に舵を切りたい場合も、オフィス環境の改善は良い手法の1つになります。

オフィスづくりは、そこで働く本人が関わるべき

私がワークプレイスやワークスタイルといったオフィスに関する研究をする中で発見したことの1つに「オフィスづくりに関与することの大切さ」があります。
新しいオフィスをつくるとき、以前は経営者が少しだけ口を出した後、総務が考えてメーカーに発注し、実際にそのオフィスを使うワーカーは、すべて出来上がった後に初めてオフィスを知る・触れるという図式が多かった。前提を知らないままに人から与えられるため、使い方も解らず、なぜそのように変えたかの意図も解らないのです。

今まで数社のオフィス移転や新規オフィスづくりのアドバイザーを担当しましたが、オフィスづくりの段階からユーザーであるワーカー自身に関与してもらうことこそ、オフィス環境改善に必要なことだと実感しました。ワーカーを集めてその人たちにコンセプトを作ってもらい、「何のためのオフィスか」「このオフィスで何をすると仕事がはかどるのか」をきちんと議論してもらってオフィスづくりに反映すること、そしてオフィスができた後も、そこでどう働くか、きちんと機能しているかということに、ワーカー自身が関与して少しずつ変えていく「参加型」のオフィスづくりがとても大事です。オフィスを理想に向けて改善する段階や過程で、働く人たちが「何が自分の仕事のために大切なのか」ということや、そのために解決するべき課題に気づくことが大切なんです。

例えば私はフリーアドレス推進派でしたが、社員が関与しないままに、ただフリーアドレスにして「好きな席に座っていいよ」と言ったとしても、「なぜ好きな席に座るのか、そうすることでどんなメリットがあるのか」ということをワーカーが理解していなければ、同じ机をずっと占拠したままの人が出るなどして、フリーアドレス本来の機能が発揮されません。
また、上層部がコミュニケーションを活性化しようとコラボレーションスペースをつくり、多くの人が利用するように自動販売機や雑誌を置くなどの工夫をしても、誰も使うようにならないというケースも。調べてみたら、「あそこに行っている人はサボっている。暇な人が行っている」と言われるため、利用したくても使えない環境になってしまっていました。実際に使う人たちに、そのスペースの意味合いが浸透していないために起きてしまったミスです。
スペースをつくるだけでは意味はなく、その場の意味を繰り返し伝える人がワーカーの中にいないと意図した効果は生まれません。
だから私は「オフィスが経営課題を解決する」ことはあまりなく、「オフィスづくり」が経営課題を解決する、ということを伝えるようにしています。

オフィスづくりは物理的環境と仮想的環境、意味的環境、3つのトータルで考える

ーー オフィスづくりの際に考えることは、コンセプトや心地よい空間づくり、ICTなどのテクノロジー導入など多岐に渡ります。どのようなバランスで考えていくのが良いでしょうか。

妹尾教授:
私は2004年にオフィス環境が「物理的環境」「仮想的環境」「意味的環境」の3つの環境で構成されているということを論文に書いたのですが、当時は3つの環境それぞれでベンダーが異なっていた時代でした。物理的環境はオフィス家具メーカーや建築・インテリア系のベンダーが提供し、仮想的環境はIT企業・システムベンダーが、意味的環境はコンサルティング会社が提供をしていたんです。
でも、オフィスを使用するワーカーから見ると、その3つは分離して存在するのではなくシームレスなものですよね。今はその3つの垣根を越えて、業界の住み分けの境がなくなりつつあると思います。ユーザーセントリック(使う人を中心に置く)に考え、それぞれを別々に見るのではなく、「働く環境」として全てをトータルで捉え、求められる環境をベンダーの垣根なく提供できるのが良いのではないでしょうか。
例えばテクノロジー面でもバーチャルリアリティなどは、物理か仮想か意味的か、3つの環境のどこに当てはまるか曖昧で、どこに属するかは意味がなくなっています。
ユーザーから見て「自分の仕事を遂行する上で、さまざまな資源や環境が調達できる場所」
がつくれること、ワーカーにとって意味を成す使い方ができるかどうかをトータルに考えることが大事です。供給側の理論ではなく、お客様がどういう目的でそのオフィス環境をつくるのかを考え、その目的を達成できるようそれぞれバランスの良い環境をつくることが大切だと思います。

―ー従来のオフィス環境から変化している現在のオフィスの状況、そして経営課題を解決に向けたオフィスづくりのヒントをたくさん教えて頂きました。
続いては「2030年のオフィスと働き方予想」を伺います。


【プロフィール】
東京工業大学工学院教授、博士(商学)
妹尾 大(せのお だい)先生

専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム
具体的な研究プロジェクトは、知識創造支援ワークスタイルとワークプレイス(クリエイティブオフィス)の分析、知識継承リーダーシップの調査、顧客コミュニティ戦略の調査、ナレッジマネジメントツールの評価手法開発など。
経営情報学会会長(代表理事)、オフィス学会理事(ワークスタイル研究部会長)。
主要著書に、野中郁次郎氏との共編著である「知識経営実践論」(白桃書房 2001年)、江口耕三氏との共著で経営情報学会論文賞を受賞した「ビジネス・エコシステムの形成プロセス ― エコシステム・エンジニアのためのフレームワーク ー」(経営情報学会誌 23(4), 273-293, 2015)などがある。

---
職歴
1998年 一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学
北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、
2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授(のち准教授)
2017年から東京工業大学工学院教授
---