2030年、オフィスと働き方はどう変わるか
-傾向と最新事例から10年後のあり方を考える-
<有識者インタビュー後編①>

今から約10年後、オフィスのかたちやワークスタイルはどのように変化しているでしょうか。
近い将来に予想される変化の方向性や、最新のオフィス事例について、前編に続き、ワークプレイスとワークスタイルに造詣が深い東京工業大学工学院妹尾教授に伺いました。

2030年のオフィスと働き方予想

個人主役型の働き方へ

ーー 今から約10年後、2030年のオフィスのかたちとワーカーの働き方がどう変わっているか、先生の予想を教えてください。

妹尾教授:
まず確実な変化として考えられるのは、人口動態の変化(人口が減少し超高齢化社会へ)、市場のグローバル化、テクノロジーのさらなる発達です。
それらを背景に、個人がより自律的に働く個人主役型の社会の到来が予想されます。複数のキャリアを同時に持ち、スラッシュ(/)で区切って表現するスラッシュキャリアや、副業が増えるでしょう。現在は会社の名刺には副業は書きづらいですが、個人主体の名刺が普通になれば、1枚ですべてを記載できるわけです。このように個人が能動的に仕事と専門分野を選択し、時に所属する組織も変えながら自分のキャリアを形成していくフリーエージェントが増えるでしょう。

「オフィスとは何か」が変わる

ーー そうした時に、オフィスの役割はどのようなものになっていくのでしょうか。

妹尾教授:
1つの企業が定常的に同じ空間を使い続けるというよりは、レンタルやサブスクリプションで使用するケースが増え、プロジェクトベースで使用する状況が考えられると思います。5年ほど前には先進的な研究対象だったコワーキングプレイスが、今ではビジネスとしても成り立ち、多くの企業が利用しています。
固定のオフィス物件を供給していた不動産業界は、レンタル可能な場としてITで最適化し回転良く提供する方が、1社に売るより経済効率が良いことに気づき始めています。需要側の企業も、ずっと固定費がかかり続けるより使いたいときだけ使うという方向に向かうのではないでしょうか。もちろん大企業の本社ビルはきっとしばらくは残るでしょうし、固定的なオフィスが全部なくなるわけではないと思いますが、減少傾向に向かうと思います。

一方で、人と人が会う機会はさまざまな「気づき」をもたらし、イノベーションを起こす上で大切であることに変わりはありません。フリーエージェントになってもその重要性は高まっていくでしょう。1つの企業の1つの場所=オフィス、という現在の定義に代わり、社内外問わず人と出会う場や、何時間か何日かを一緒に作業をする空間が「オフィス」という概念に変わるかもしれません。

このような傾向は、今増えてきている「オフィスビルの中に街の賑わいをつくる」という取り組みにも見られます。ビルの中に、公園やカフェ、食事をする場所など“作業場”以外の要素を取り込む試みです。今までは外に出なければ使えなかった空間がオフィスビル内に存在することで、今まで会わなかった人と出会える場所ができ、また、今までとは違う景色が見える場所、イノベーションが起こりやすい場になっています。オフィスに求められる機能が、そのような場として変化していく可能性は高いでしょう。

テクノロジーが発達し、リアルとバーチャルが融合する

機械学習やAIを含めてネットワークを考える「アクターネットワーク理論」というものがあります。ネットワークとはノードとリンク(点と線)でできており、今までは「人」を点ととらえて、「誰と誰が協調しながら行動するか」という分析が行われていましたが、ノード(要素)として人だけでなくAIなどの人工物も含め、どのように協調して知識創造していくか、ということが考えられるようになってきたのです。

例として仮説を立てるケースを考えてみましょう。人間が考えれば意味のない仮説として廃棄してしまうものでも、AIは排除せず愚直に分析し、そこに意外な発見が生まれることがあります。
そうなると、今は物理的な空間だけをオフィスと呼ぶのが一般的ですが、「ソサエティ5.0」というリアルとバーチャルの融合が政策としても取り上げられているように、イノベーションが生まれる場は、物理空間のみにとらわれずバーチャルにも出現します。

ワーカーの働き方は「自作的」に

私は「仕事以前」の活動、という考え方を提唱しています。
当初は誰かの道楽かもしれず、仕事としてみなされていないかもしれない。けれど、将来はお金をもらえる仕事につながる可能性を持つ活動。このような仕事以前の活動が増えていくと思います。

かつて仕事は“オフィスに通勤して9時から17時まで行う活動”、と場所と時間で定義されていました。それが今や、場所はサテライトオフィスでも自宅でも良くなり、時間もフレックス…と時間や場所では定義できなくなってきています。そこで、新たな軸として、①活動している人が報酬をもらおうと思っていて ②お客様がお金を払っても良いと思うもの、という2つの軸で仕事を定義しようと思っています。

この定義からは外れているが、仕事に成る可能性を秘めているのが「仕事以前」の活動です。その中には、
・仕込み:お金をもらう意図があるが、まだお金をもらえないもの
・発掘された活動:お金をもらう意図はなかったけれど、見出されてお金になるケース
という活動があります。どちらでもないものは趣味・道楽ですが、それも何かのはずみで見いだされ、仕事になる可能性もあります。

こうした「今はお金になっていない(または取る気はない)が、好きで行っている」という活動もオフィスで行うことを許容していかなければ、イノベーションは起きないのではないでしょうか。
さらにその中から、個人のキャリアデザインも生まれてくると考えます。

例として解りやすいのは、かつてはキャリアデザインに存在しなかったYouTuberという仕事があります。今までは「仕事」という行うべきスペックが先にあって、それを行う誰かを探していました。このように「人」は後から出てくる「労働市場」が普通でしたが、これからはたくさんの「人」とその「活動」が先にあって、その中から企業や顧客が「この人にこの活動を依頼したい」と選択する「仕事市場(しごといちば、しごとしじょう)」に変化してくるのではないでしょうか。

ワーカーの働き方も、今までは受託の作業を「仕事」と呼んでいましたが、自分が興味を持ち「将来、これがブレイクする」という活動を「自作」しておき、「自作」する活動と「受託」する活動を両方見ながら自分のキャリアを考えていくことが大事になると思います。

例としてデザイナーや写真家のような仕事の仕方をイメージすると解りやすいかもしれません。
受託される仕事もするけれど、一方で自分が良いと思ったデザインを書き貯めたり、心が動いたシーンを写真に撮ったり、という自発的な活動もする。そして、その作品が気に入られて報酬につながるケースもあり、自分のスキルアップやサンプル代わりにもなる。

今後は、他の分野でもそのような仕事が増えてくると思っています。そのような意味で、ワークとライフ、お客様のために行う仕事と自分の道楽、の境界があいまいになっていくかもしれません。

このようなビジネスの形が増えてくれば、オフィスのあり方も個人の活動を許容・推奨する環境が必要になるでしょうし、既に新しい発想を生み出すクラスタでは許容度が高くなっている傾向が見られます。例えばライバル社のスタッフや、OG/OBなども拒まず社内を訪問し意見を交わせる環境が実現していますが、以前のオフィス環境であれば、ごく限られた業種以外では考えられなかったことだと思います。

イノベーションを促し、外部知を活用するためには、このように寛容な文化も大事になってくるでしょう。2010年あたりには、「オフィスでビールを飲めたらいいのにね!」と冗談交じりで話していたことが、今では可能になってきているように、これからの10年で企業の感性や常識も大きく変わっていくと思います。


【プロフィール】
東京工業大学工学院教授、博士(商学)
妹尾 大(せのお だい)先生

専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム
具体的な研究プロジェクトは、知識創造支援ワークスタイルとワークプレイス(クリエイティブオフィス)の分析、知識継承リーダーシップの調査、顧客コミュニティ戦略の調査、ナレッジマネジメントツールの評価手法開発など。
経営情報学会会長(代表理事)、オフィス学会理事(ワークスタイル研究部会長)。
主要著書に、野中郁次郎氏との共編著である「知識経営実践論」(白桃書房 2001年)、江口耕三氏との共著で経営情報学会論文賞を受賞した「ビジネス・エコシステムの形成プロセス ― エコシステム・エンジニアのためのフレームワーク ー」(経営情報学会誌 23(4), 273-293, 2015)などがある。

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職歴
1998年 一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学
北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、
2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授(のち准教授)
2017年から東京工業大学工学院教授
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