ノウハウインタビュー

オフィス緑化はテクノロジーの進歩で身近な存在に!日比谷花壇の取り組みと事例からみるグリーンリノベーションの効果【前編】

日々多くの時間を過ごす場所であるオフィス。だからこそより良い空間を作りたいと、環境改善を目的にグリーンを取り入れる企業が増えています。比較的コストを抑えて導入できることや、「バイオフィリックデザイン」への注目度が高まっていることなども、緑化の需要増加を後押ししているようです。

※バイオフィリックデザインとは、「人は元来自然を感じられる空間を求める本能的な欲求がある」といった考え方を取り入れたデザイン

今回はグリーンを用いたオフィスリノベーションをはじめ、さまざまな規模の緑化デザインに取り組む日比谷花壇の保坂さん、芝山さんに、バイオフィリックデザインを取り入れることで働く人にもたらされるメリットや、グリーンを導入する際のポイントについて、SUVACO黒木がお話を伺いました。

緑化を導入することでコミュニケーションが生まれる

–日比谷花壇さんではさまざまな緑化事業を広く行っているそうですね。

芝山:弊社のグリーンブランド『ウェルネ』(https://www.wellne.jp/welcome)では、「植物と暮らそう」をコンセプトとして、理想のお庭づくりのご相談から、デザイン、作った後の管理・メンテナンス、そして緑化空間を楽しむためのツール販売から室内グリーンのサブスクリプションまで、法人個人を問わず幅広いサービスを行っています。

保坂:日比谷花壇ではコロナ禍を経てよりたくさんのご要望をいただくようになり、さらに内容にも広がりが出てきていたことから、新たなブランドとして『ウェルネ』をスタートさせました。

–デザインや施工だけで終わらず管理・メンテナンスまで積極的に携わっていただけるという部分が、他には無いサービスのように思います。

保坂:室内緑化や屋外の外構植栽工事はもちろん、それ以上に管理やグリーンの活用方法にまで踏み込んで提案する点は、当社らしい特徴的なサービスではないかと感じます。

元々お庭は古くから人と人とのコミュニケーションが生まれやすい場所です。ガーデニングはそこで暮らす人の気持ちを明るくする力があるんだと実感した事例を紹介させて下さい。

シニア向け分譲マンションの植栽計画に携わった事例では、ただお花や植物で目を楽しませるだけでなく、自主管理公園を活用した多世代交流を行えるデザインであることも重視しました。日比谷花壇では「めぐりかだん」というコミュニティデザインプログラムを展開しており、花やみどり、野菜を育てる園芸活動を通して、地域や居住者同士のコミュニケーションを促進するお手伝いをしています。

保坂:土づくりから苗の植え方、病害虫の対策など、植物の生育に合わせたガーデニングレッスンを当社のテキストに基づいて月1回実施しており、初心者の方でも安心して楽しめる仕組みにした他、育てた野菜や花を使用して不定期でワークショップを行ったりしています。夏は野菜のアイスクリーム、秋には防災の日と絡めてハーブをあしらったキャンドル作りなど、自分たちで育てた花や野菜を活用すれば、季節ならではの楽しみを日常に持たせることが可能です。

飼い犬のお散歩コースとして毎日お見えになる方がいたり、近隣の園児さんたちがどんぐり拾いに来たりと、地域に関わる多くの方に親しまれているそうですよ。 「ウェルビーイング」(Well-being、心身ともに健康で多面的に満たされた状態をさす概念)と、竣工してから繋がり始める植物ならではの交流、「植えるね」の優しい気持ちを重ねて、日比谷花壇のグリーンブランド『ウェルネ』がスタートしました。

–花壇スペースを作るだけでなく、さらに活用するというのはこれまであまり見なかった取り組みですね。

保坂:こちらのシニア向け分譲マンションでも、2年間かけて花壇を通して横のつながりを生み、最終的には居住者の方々自身で運営していける形を目指しています。

花壇づくりは、ガーデニング自体を目的とするのではなく、そこに関わる人々の交流に繋げられる側面も、とても大切です。ガーデニングを通して人と人との定期的なふれあいが生まれますし、自身が育てた野菜などを使用して「食」を共有することも、コミュニケーションのきっかけになります。

我々がたとえ関わらなくても、花壇をきっかけに自立した形でコミュニティができあがって運用されるようになれば、それはとても嬉しいことだなと考えています。

–写真を拝見して、居住者のみなさんが立って作業を行っているのも気になりました。園芸というと屈んで行うものだと思っていたのですが、このように立って作業ができるのであれば身体への負担も軽減できそうですね。

保坂:このマンションの菜園には、屈まずに作業を行える高床式花壇『レイズドベッド』を採用しました。ずっと屈んで作業を行っていると身体の体勢がつらくガーデニングから遠ざかってしまう要因になってしまうので、ご高齢の方でも足腰の負担を気にせず、楽しく作業に取り組める環境を取り入れています。

足腰への負担が少ない高床式花壇『レイズドベッド』

–使用する方に最も適した形の提案をされているのですね。これまでのリノベーションにおけるグリーンは「目や心に優しい」といった受動的な効果を期待するものが大半でしたが、そこからさらに一歩進んで、能動的な「活用」を行えるように提案を行っているというのはとても新鮮です。緑化を通してコミュニケーションの活性化を図れるという部分については、オフィスにも応用できそうですね。

保坂:リモートワークの導入などにより出社する日数が減って、社員同士のコミュニケーションが希薄になるという話はよく耳にしますので、グリーンを取り入れることが皆さんが集うきっかけにもなり得るのではないかと考えています。

植物のお世話を通して、ちょっとした共有ができるのも楽しいですし、植物は手を掛けた分成果が見えるので、オフィスワーカーにとって良い気分転換に繋がるのではないでしょうか。

また、インテリアよりも廉価で誰でも手軽に取り入れやすいことも、グリーンの良いところだと思います。

–特にオフィスに取り入れやすい植物はありますか?

保坂:耐陰性のあるシェフレラやアレカヤシ系辺りは、限られた照度環境の中でも育ってくれる比較的安定感のある植物ではないかと思います。特にシェフレラは木肌がゴツゴツとした朴物も多く、表情がそれぞれ違うので面白いですね。

また、フリーアドレスを取り入れたオフィスでは、持ち運びやすい小鉢の植物も導入におすすめです。

共有棚に並べられた小鉢の植物を出社したら手にとっていただくことで、デスクワークの際も視界にグリーンを入れられますし、身近な距離でグリーンを目にするうちに愛着も湧いてくるのではないかと思います。現代の働き方に合わせながら、いろいろな手法でグリーンに親しみをもっていただけたらありがたいですね。

芝山:それぞれの小鉢に社員の名前を書いて、ポットの有無で誰が出社しているか分かる在席表代わりとして使用している企業様や、エントランスに植物棚を設けて、企業カラーのポットに企業ロゴを入れた紙を巻くことで社内ブランディングの一環にされる企業様もいらっしゃるんですよ。

–グリーンはオフィスのブランディングにも大きな効果をもたらしてくれそうですね。オフィスリノベーションのタイミングで緑化スペースを取り入れる企業も増加しています。

保坂:こちらは昨年の屋内緑化コンクール2023で受賞した際の事例です。

ある設計事務所様の自社プロジェクトをお手伝いさせていただいたのですが、事務所の顔であるエントランスに、先ほどお話しした小鉢の植物を取り入れてくださった事例です。

こちらの企業様は植物にハーブや野菜を取り入れ、その後収穫したハーブを使って社内交流会を開催したり、バイオフィリックデザインの実証実験に取り組んだりしていらっしゃいました。私も自分でミントを収穫させていただき、皆さんと一緒に美味しいモヒートをいただきました。

–自分たちで育てたハーブを使った交流会、いつも以上に親睦が深まりそうですね。

保坂:社員同士の交流の場を持てることを始め、オフィスへの緑化導入はコロナの蔓延により数年間働く場所が分断されていた社員の方々が会社に戻ってくるきっかけにもなります。そのための環境作りを手伝わせていただけるのは、とても嬉しいことだと感じています。

バイオフィリックデザインが働く人々にもたらす効果とは

–コロナ前と今で、社員がオフィスに求める要望は明確に変化しています。どこでも働ける環境が整いつつあるからこそ、「会社に行く意味」をより強く求める傾向にありますね。

保坂:コロナ禍を経て、どこでも働けるスタイルを選択する企業がすごく増えましたよね。働く場所を選択できることはオフィスワーカーの方々がライフスタイルを構築するうえで、とても重要なことだと思います。

だけど、やっぱりリモートワークが増えてくると、企業への帰属意識は薄れてしまいがちですよね。リモートワークは一見効率を重視した取り組みですが、ずっと続けていると次第に本来必要なコミュニケーションが取りにくくなってくる。コミュニケーションにおいて、実際に相対して伝わる空気感は重要ですからね。

–そういった問題を解消するために各企業はさまざまな方法で「行く意味のあるオフィス」を作ろうと努力しています。ただ、課題を解消するために建築分野でできることはある程度実践されたうえで、プラスアルファとして何をするべきかと悩んでいらっしゃる方も多いようです。グリーンはそういった企業にとっての、次の一手になり得るものだなと感じました。

保坂:縦×横×高さの規格が決められた分野と違って植物を扱ううえでは常に個体差が付きまといますし、時には環境の変化に適応できずに枯れてしまうこともある。だからこれまで建築に携わる方からすると踏み込みにくかった分野でもあると思います。

しかし、ここ10年弱でバイオフィリックデザインに対する意識が業界全体で変わってきたように感じています。バイオフィリックデザインの重要性や可能性に目を向ける企業が、どんどん増えてきている印象ですね。

–小型植物の考え方はシェアオフィス等に取り入れても面白そうですよね。あと、カフェなどのサードプレイス的な場所にもすごく向いていると思います。

保坂:たしかに、サードプレイス的な場所との相性も非常に良いと思います。

芝山様(左)と保坂様(右)

–自宅以外の場所で働く理由として、「心地よく働ける環境が整えられているから」ということも挙げられますよね。自宅の環境ケアにまで手が回らなくなり、居心地の良い環境を会社やサードプレイスに求める方も多いのではないでしょうか。

保坂:1日の中で職場にいる時間ってすごく長いからこそ、職場環境は本当に大事ですよね。

これは働き手側だけでなく「1日の大半を過ごす場所だからこそ良い環境で働いてもらいたい」という気持ちは、オフィスリノベーションを考える企業であればどこも持っていると思うんです。

企業が社員に提供できるメリットのひとつが、「働く環境をいかに快適なものにできるか」です。

リモートワーク自体の良し悪しを議論するよりも、整った環境を提供して如何に気持ち良くリラックスして仕事を進められるかが、企業にも社員にもプラスに繋がることなんだと思います。

–バイオフィリックデザインの効果を求めるオフィスリノベーション依頼は、コロナ以降増えていますか?

保坂:緑化事業のお問合せは年々増えていますが、あまりコロナがきっかけとは感じていません。

芝山:たしかに、緑化サービスへの相談はコロナ前から年々増えてきている印象ですね。

保坂:コロナ禍での変化を強いて挙げるなら、生木よりもメンテナンスフリーで取り入れられるフェイクグリーンについてのご相談が以前より増加したかな、といった程度です。

–実際に企業から持ち込まれるのは、どういった形での相談が多いのでしょうか。例えばグリーンを入れることは決まっているうえで取り入れる植物の種類などについて相談される形が多いのか、それとも改善したい事柄に対してのアプローチを相談されることが多いのか。

保坂:我々のクライアント様は設計事務所、什器メーカーなどの企業が比較的多いので「この空間にグリーンを取り入れたいんだけど、どのような手法でグリーンを入れると効果的だろう」という形でご相談いただくことが多いです。

–空間デザインの一環としてご相談いただくことが多いのですね。

芝山:「この企業の希望はきっとこんな感じかな」と想像していても、実際に話を伺ってみると、予想とはまったく違った要望が上がってくることもよくあるんですよ。

例えば先日ご相談を受けた介護施設では、私は最初「利用者様の満足度をあげるための緑化」をメインにされると思っていたんです。だけど実際に話を聞いてみると、利用者の方に満足していただくのはもちろんですが、「その場所で働く従業員の皆さんにとって気持ち良い空間になるようにしてほしい」と伝えられて。

「就労環境をメリットと思ってもらえる職場にしたい」という気持ちから始まったリノベーションだと伺って、「なるほど、そういったご希望もあるんだな」と改めて認識した事例でした。

–働き手としても「働くうえで快適な環境」は大きな魅力ですよね。おそらく求人にもその効果は顕れてくるのではないでしょうか。

保坂:直接的な効果はもちろんですが、働き手の環境にも気を配ってくださる企業なんだなという面でも、企業への印象は大きくプラスになりますよね。こういった配慮は離職率の低下にも繋がると思います。クライアント様の声を通して、我々も気付かされることが多いです。

テクノロジーの進歩により緑化空間はより身近な存在に

–先ほど「緑化事業は右肩上がり」というお話がありましたが、その理由はどういったところにあるとお考えですか? 企業側の意識がバイオフィリックデザインに向いてきた流れだけでなく、グリーンのコストが下がったりメンテナンスがしやすくなったりといった変化によるところも大きいのでしょうか。

保坂:そのどちらもが理由に挙げられると思います。昨年の緑化事業は前年比で凡そ140%増。バイオフィリックデザインへの関心の高まりは勿論ですが、同時にメンテナンスしやすくなって導入へのハードルが下がったことも要因として大きいのではないかと考えています。

–緑化を望む気持ちはありつつも、出来上がった空間をはたして良い形で保てるのかといった不安は、導入を検討する際に誰もが胸に抱くものですよね。綺麗に作り込んでいただいても、それを保ち続けることのハードルが高く感じて導入に踏み出せない企業も多いと思うんです。

保坂:植物の維持管理はものすごく難しいものと思われがちですよね。だけど、近年比較的手が掛からない形で植物を育てられる栽培方法も増えてきているんですよ。

近年では土ではなく、レカトンと呼ばれる粘土を高温焼成した砂利状の材料で育てられる水耕栽培(ハイドロカルチャー)の市場が広がりを見せています。

土と違ってお部屋でこぼれても掃除が格段に楽なのと、水位計を使って水やりの管理が出来るので、水の過不足やタイミングが一目で判断できる特徴があります。 植物を育てた経験がまったく無い方でもお世話の仕方に迷うことなく植物を育てることができるので、初めて植物に触れる方も安心です。

–オフィスの場合、植物を導入するハードルとして挙げられる理由のひとつに水やりなどのお世話に関する問題もあります。「長期休みなどの際にお世話をどうすればいいのか」といった心配をされる方も多いのですが、水耕栽培であればそういった問題も解決しやすそうですね。

保坂:あと、グリーンを導入するうえでもうひとつ懸念点として挙がりやすいのが、病害虫の問題ですよね。

せっかく職場環境を良くしようと植物を取り入れたのに、その植物が原因でオフィスが汚れたり虫が出るようになったりしてしまったせいで「やっぱりフェイクグリーンにします」となるのは非常にもったいない。

このような問題も水耕栽培の観葉植物であれば発生を低減できます。有機質である土を使用しないため、コバエなど土壌由来の害虫がつきにくいとされています。この特性から、病院や飲食店などの衛生面に気を遣わなければいけない施設や店舗にも、生木が格段に導入しやすくなりました。これも緑化事業への需要が高まった要因のひとつだと思っています。

こちらは昨年施工したマンションギャラリーの事例なのですが、壁面緑化なども含め、この空間にあるすべてのグリーンが生木で構成されているんですよ。

–マンションギャラリーは病院や飲食店と同じく、住宅展示場も特に汚れや虫をできる限り避けたい場所ですよね。さらに、生木でこの規模の屋内緑化環境を維持できるということも驚きです。

保坂:マンションギャラリーはクライアント様のブランドを背負っている場所でもありますので、植物の見せ方や仕上がりには最大限の気を遣います。

だけど、そんな場所にも敢えて「生木を入れよう」となっていることからも、グリーン業界に起きている確かな変化を感じたりします。

水耕栽培を始めとした栽培方法が普及し、色々なハードルが下がったことにより、クライアント様も「社内に緑を取り入れてみよう」とする声が今後も更に広がってくるだろうと思います。

–「植物は土でしか育たないもの」と思っていましたが、その認識はもはや改めるべきものなんでしょうね。

保坂:私は買ってきた植物の根っこを自分で洗って、我が家で育てやすいように水耕栽培に変えたりします。一般に広く園芸店で販売されている植物はほとんどが土の観葉植物ですが、これを土を落として根っこを洗って、薬剤に浸けて、レカトンを入れて……といった感じで作るのも、実際に試してみると案外面白いですよ。

取材・文/松永麗美

後編はこちら

【お話を伺った方】 保坂悠平さん

株式会社日比谷花壇ガーデンデザイナー。個人邸から商業施設、オフィスなど広くデザインを手掛ける。また地域の多世代交流を目的としたコミュニティデザインプログラム「めぐりかだん」を監修。

日比谷花壇の緑化事業への取り組みを詳しく知るには
緑化事業サイト「ウェルネ」
※ウェルネは日比谷花壇の実績と知見をもとに、緑のチカラで人と社会の「Well-Being」の実現を目指す緑化事業サービスサイトです。

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